淡路島

日本海側の大雪や、那智の滝が凍ったニュースが流れる中、

ストックの花に囲まれて、少しだけを感じてきました。

ここは瀬戸内海の淡路島にある 「花桟敷」

山の上の広い敷地には、春になると色とりどりの花が植えられて、たくさんの人が訪れるのでしょうね。

お花畑の向こうには 瀬戸内海が広がり、薄日でしたがキラキラと光っていました。

民謡教室の同じ教室でお稽古をしてる仲間で、新年会をかねて淡路島までやってきました。

一泊したものの、寒い時期とあっていくところもなく、

水仙郷は遠くて、帰りの時間に間に合わないし、とりあえず近くの花桟敷に行くためにタクシーに乗りました。

「お客さん、あんなとこ行っても寒いだけで何にもありまへんで~」 と

運転手さんに言われましたが、とりあえずいくことにしました。

案の定、花の手入れをされてる植木屋さんが二人だけ、観光客は広い花桟敷に私たち四人だけでした。

それでも、こんなにたくさんのストックの花が咲いていました。 だけどストックだけ。

風が強くて、寒くて寒くて、早々におみやげ物屋さんに入り、温かいおぜんざいをいただいて帰ってきました。

★~ ★~ ★~ ★~ ★

阪神淡路大震災が起きて、今年で15年になります。

奈良は震度4でしたが、それでも大きな揺れにびっくりして飛び起き、

テレビから流れてくる信じがたい悲惨な映像にくぎずけになったものでした。

 

泊まった宿の近くに、北淡震災記念公園があります。

野島断層保存館に入ってすぐに、地震直後の映像が映し出されてるテレビが目にはいります。

神戸の街のあちこちから上がる、真っ赤な火の手、そして天まで届きそうな真っ黒な煙、

横倒しになった高速道路

ヘリコプターからの映像を見て、あの時の恐怖が甦ってきました。

  

国道43号線倒壊再現模型が展示してあったり、断層による地形の変化がそのまま残されています。         

  
   
活断層の横に建っていたのに、ほとんど壊れなかった家がメモリアルハウスとして公開され、

ずれた塀や地震直後の台所の様子が再現されています。

断層がこんなにずれてしまったんですね。右半分は粘土層だそうです。

そして、震度7の揺れを体験させてもらいましたが、とても立っていられる状態ではなく、

たった10秒間なのに、手すりにしがみついているだけでした。

 

「神戸の壁」は、昭和2年頃、神戸市長田区の若松市場の延焼防火壁として建てられました。
第二次世界大戦中の神戸大空襲(1945年)に耐え残り、阪神・淡路大震災では周囲の建物が倒壊全焼する中、
この壁だけは倒れず、焼けず、その姿をとどめました。
震災の記憶を風化させないために、北淡震災記念公園に「神戸の壁」が移設されました。

日本全国どこにも断層は通っています。

大きな災害が我が身にふりかかった時、何をどうすればよいのか、

被害を少しでも軽くするためには、どんな準備をしておくべきなのか、改めて考えさせられました。

明石海峡大橋からみた神戸の街、

帰りは寒さも少しやわらぎ、お天気も回復しました。

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淡路島 への16件のフィードバック

  1. 照れまん より:

          コスモスさん こんにちはー何も無い と言いながら このストックの数は大変な物ですねえ。 きれい!裏にも まだまだストック してありますさかい・・・・   なんて、つまらん 親爺ギャグ  ペコリ!これだけの花壇があって、何も宣伝して無いのでしょうか??花屋敷 じゃなくて 花座敷 なんですね。もうすぐ、1月17日ですね。私がもし元気だったら、たぶん西宮に住んでいたので、あの時死んでいたかも??諸行無常 と言いますが 人生何がどうなるか 本当に解らないですね。ちょっと、一番にコメを入れてみたかったので・・・・。ではまた・・・。

  2. コスモス より:

       照れまんさん、こんにちは。 早々にコメ、有難うございます。この広い敷地に全部お花が咲いたら、それは見ごたえがあると思いますよ。瀬戸内海も見えるし、とってもいいところです。花屋敷じゃなくて、花座敷でもなくて、花桟敷ハナサジキです。西宮もひどかったですものね。 よかったです。広島で被爆して、命からがら逃げた長崎で二度目の被爆をされた、気の毒な方もいらっしゃるし、人生どうなるか、まったく解りません。今が幸せなら、この幸せに感謝しなくちゃなりませんね。

  3. abend より:

    今はストックが植えられてるんですね^^野島断層 保存するのにありで大変だったようです。壁設置されてから見たことないんですが、こんな風に展示されてるんですね^^橋から神戸を眺めるととても綺麗ですよね。夜もかなり楽しめます。

  4. saganhama より:

    こんばんは(^ー^)ノ淡路島の方へ行かれたんですね。花桟敷と言うからには4月なら見応えがあるんでしょう。今、4月の下旬に四国のたびを計画してまして、その帰路淡路島にも立ち寄る予定なので見学の候補地に入れときます(^O^)明日で阪神淡路大震災から15年になりますが、神戸の地では震災の被害の保存場所を見落としてきたので淡路ではしっかりと見てこなきゃですね。何時起こるか分らない自然災害への対策は、物質的な準備も大事ですが、日頃の人のつながりが一番だと思ってます。明石海峡からの風景昨日見てきた様な感じがしますよ。4月に橋の上から見るのが楽しみです。舞子ビラの建物しっかりと見えてますね(^◇^)

  5. fujim より:

    ストックってダイコンノハナに似てますよね。 仏花を絶やすまいと思うとなかなか大変で、 昨日はとうとうダイコンノハナを買って供えたけど・・・変ではないヨネェ・・?^^?1月17日 この日はウチにとっても特別な日なんですよ。 fujipaの誕生日^^ということと、 阪神大震災のとき母は入院中でその年の3月に亡くなったということ。 ニュースを見るたびにあの時だったなぁと思い出します。「神戸の壁」というのもあるんですね。  ちょっと触ってみたい気も^^。日本全国どこにも断層は通っています・・・ でもウチはダイジョウブとついつい思ってしまいます。災害用に石油ストーブを買ってる人の記事を読んで、 停電になっても灯油さえあればいいし、 お湯も沸くから、これは一つ持ってるといいなと思って 子供に言ってみると、「お母さんが一人で 石油ストーブを扱うと思ったら、 なんか不安・・・」 と言われてしまったー><ー。。

  6. コスモス より:

       abendさん、こんばんは。 神戸の壁が移設されたのは、一年前なんだそうですね。バスの中からの写真は難しいです。ライトアップされた明石海峡大橋も見てみたいですね。

  7. コスモス より:

       saganhamaさん、こんばんは。 四月の下旬なら、たくさんの種類の花が見られるんじゃないでしょうか。いっぱい写真を撮りたくなる場所ですよ。野島断層の辺りが一番ひどかったらしくて、高台にある 「かんぽの宿」 から見下ろす家々は、みんな新しい建物でした。ほんとにそうですよね、自分ひとりでは何もできません。 普段から地域とのつながりを大切にしておくべきですね。

  8. コスモス より:

      fujimさん、こんばんは。 ぜんぜん、変じゃないですよ、かわいいお花ですもの。ダイコンノハナとハナダイコンとは、違うんですよね。紫色のムラサキハナナが私は好きですが、これってだいこんの花じゃないのかな~、何だかよくわかりませんが。 そうですか、あの年にお母様がお亡くなりになったのですね、絶対に忘れられない年ですよね。「神戸の壁」 去年の一月17日に移設されたのだそうです。大空襲にも、震災にも負けずに生き残った壁、しっかりさわってきました。

  9. 猫と薔薇と私と より:

    ストック 香りがあって好きですよ。 何にも咲いてなくても これだけあればめでたしめでたし。近鉄でおいでになったのでしょうか。バスツアー?マイカー? 奈良が近くなったので 奈良の人は神戸へ 神戸の人は奈良へ。なんだか 昔の文化流見たいですね。 二度と経験したくない地震です。今でもたまに揺れた後 酷い頭痛に襲われます。どうやら後遺症みたいなものですね。あの時 風邪をおして飛びまわって 毎晩揺れと頭痛に苦しみました。 娘も(中2だった)一人では寝れなくて 1か月私の布団に潜っていましたよ。あれから台所の電灯は消していません。すぐ行動できるようにと点けたままです。怖かったですもの。

  10. コスモス より:

      猫と薔薇と私と・さん、こんばんは。 花桟敷の広さから見れば、ほんのちょっとでしたけどね、きれいでした。大阪の難波までは近鉄、そこからは淡路島の宿からバスが迎えに来てくれました。阪神と近鉄が相互乗り入れになって、神戸が近くになりましたよ。ほんとにそう、文化交流です。震度7ってとんでもない揺れ方ですね、それが突然来るんですから恐いです。後遺症が残るのもわかる気がします。

  11. そのちゃん より:

    淡路島に行かれたんですね!2年前に太極拳の友人たちと淡路島で一泊したことを思い出し懐かしく拝見させていただきました。私たちが行ったのは、2月で梅の咲いてる下で太極拳しました。海峡公園では、確かポピーが咲いていたような・・・。震災について色々見て体験されたんですね。あの瞬間・・・突然突き上げるような音が響いてぐらぐらっと・・・ほんとうに怖かったです。私が住んでいる地域は地盤が比較的しっかりしてるので家や電柱が倒壊するほどでもなかったんです。テレビをつけてはじめて神戸に起こった地震の規模の大きさや深刻さを感じました。何だか同じ神戸市民として申し訳ないような複雑な気持ちでした。テレビで地元・神戸新聞の物語を観て、実際手元に届けてくれたたくさんの人たちに感謝してほろりときました。あの神戸新聞会館は今、おしゃれなミント神戸として生まれかわり神戸の人たちに愛されています。街はほとんど震災前と同じ賑わいを取り戻したけど長田・兵庫・灘から越してきて老夫婦や一人暮らししている人たちはいまだに震災の影響を受けているというか、なじめず寂しい日々を送っています。あの震災はいつまででも忘れられない出来事です。

  12. コスモス より:

       そのちゃん、こんばんは。 もう15年もたってしまったけど、神戸の人達にとっては絶対に忘れることのできない大きな災害でしたね。数年後に神戸を訪れた時は、まだ壁にひびがはいったままのビルを見かけたりしましたが、今はみごとに復興しました。そんな中で、住み慣れたところに住めなくなったり、ご家族を亡くされたりと、ずーっと震災をひきずったまま生活されてる方々も、たくさんいらっしゃるのでしょうね。あれ以来、緊急持ち出し用のリュックを作りましたが、食品は賞味期限が切れたり、電池もだめになったりと、管理していくのも結構たいへんです。

  13. jazzy より:

    -コスモスさま-ご無沙汰しております。私も伯母が西宮に住んでいまして家が全壊いたしました。仏壇の隣で寝ていてそこに空間ができ、奇跡的に助かりました。僕も翌日車で迎えに行ったときの当時の様子が今でもありありと目に浮かんできます。日本は地球の火山帯の7%を占めるそうです。大陸の大断層上に浮かぶ本当に小舟のような国です。それを受容した上でしっかりと防災を進めていくような行政はしていってほしいと思いますよ。

  14. コスモス より:

      jazzyさん、こんばんは。 神戸や、淡路島や、西宮が、今は何事もなかったようにきれいな街になっていますね。「大断層上に浮かぶ小舟」・・・いつ叉震災におそわれるかわからないと思うと恐いです。備えあれば憂いなしといいますからね、出来る範囲のことは備えておきたいと思っています。

  15. KEN16 より:

    こちら風邪には勝てず・・・ コスモスさーん、大変長らくご無沙汰しておりますお正月はお孫さんたちの訪問で賑やかだったとか、今頃は静かの古都に戻ってるのでしょうか?とはいえ今年は平城遷都1300年祭で賑やかくなるのでしょうね!KENも何とか古都の復興を見届けたいですねーェ!コスモスさんは相変わらずお元気で淡路の方へも春を探しへ出かけられたとか?!またまた寄らせてもらいますので、大和の四季も伝えてください。

  16. コスモス より:

      KENさん、こんばんは。 私のほうこそ、pcに向かうことが遠のいてしまって、みなさんの所にも失礼しております。風邪が長引きましたね~、もう大丈夫ですか。そちらはお正月早々雪が積もったようですが、こちらは全く降りません。そろそろ春が待ち遠しくなりました。完全に治るまでは、ご無理されませんように、ご自愛くださいね。

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