石舞台古墳

                           奈良県の中央部にある明日香村は、飛鳥時代の宮殿や史跡が多く、
 
                    田園風景のなかに、石舞台古墳をはじめ、よく知られた高松塚古墳、キトラ古墳などがあり、
 
                 寒い今の時期でも、観光バスで訪れる団体客や、レンタサイクルで旧跡を回る観光客でにぎわっています。
 
                        
 
 
 
                  石舞台古墳は、当時朝廷にも匹敵するほどの権力と富を持っていた、蘇我馬子の墓だといわれてます。
 
                     盛り土がはがされ、石室が露出した古墳で、長さ7,7m  幅約3,5m  高さ約4,7mあり、
 
                                 天井に乗ってる一番大きな石は77トンあるそうです。
 
 
                                 横穴式の石室は、誰でも入れるようになっています。
 
                                          
 
 
 
                      発掘調査されたときは、すでに盗掘にあった後で、埋葬品は何も発見されなかったとか。
 
                                                              中に入ると、天井石のすきまからもれる光が不気味でした。
 
                                           
 
                                                                           
 
 
 
                以前、明日香の近くに住んでいた頃は、日曜日になるとおにぎりを持って、小さかった子供たちを連れてよく歩きました。
 
                その頃は、まだれんげ畑がたくさん残っていて、立派な道路もなく、石舞台古墳も整備されてなくて自然のままでした。
 
 
                               帰りに橿原神宮にお参りして、まわりの町並みを見て歩きましたが、
 
                  所々に昔のままのお店が残っていて、 幼かった子供の顔と共に、若かりし頃を懐かしく思い浮かべました。
 
                      
             
 
                           考えてみれば、あれから30年の歳月が流れています、変わるはずですよね。
 
                                     ちょっとだけ新婚時代を思い出しました。
 
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石舞台古墳 への18件のフィードバック

  1. 愛月 より:

    こんにちは、コスモスさん☆
     
    石室が露出している古墳は、重厚感たっぷりですね。かつての権力や富は、この石の重さから何となく感じられますが、少々殺風景です。隙間からもれる光が不気味に感じられたのは分かるような気がします。
     
    コスモスさんのご家庭は、それとは対照的で、蓮華畑のように華やいで あったかいものだったのでしょうね。文面を何度も読み返しながら、今日もまた心が落ち着きましたよ。私・・・あわててまるのBlogを書き換えましたよ。(笑)
    では、またネ♪
     

  2. jazzy より:

    こんばんわー、コスモスさん。
    先日は失礼していました。
    桜井市の歴史の本とか読んでいて頭の中がすっかり桜井市になっていました。
     
    明日香も悠久の流れを感じる響きがありますね。
    奈良ってそういった響きの良い地名たくさんあるように思います。
    石舞台を見るといつも蘇我一族は本当に悪党やったんかなー、といつも感じております。
    私的にはそう思えないんですねー。議会制民主主義を尊んだのが蘇我一族だったんですよ。
     
    最近はまっているのが縄文人の翡翠(ヒスイ)文化です。
    翡翠、鉄、仏教は密接に関連があるようです。
    日本(糸魚川周辺)は質の良い翡翠の採れる産地なのです。
    奈良時代になってから翡翠の採取は極端に減少して(消滅して)しまうんです。
    何か大きな歴史上の転換期があったのです。
    推理小説みたいで楽しいでしょ。
    奈良はそういったことに思いを馳せることができるところだと思います。
     

  3. KEN16 より:

    コスモスさん こんにちは 久しぶりに石舞台を拝見しています
     
    朝ドラであった、その2,3年前にお訪ねしたことを思い出しています。
    春先に訪ね歩くにはトッテオキのコースですね!
    想像する以上に、はるかに、はるかに大きな古墳だったのでしょうね?
    時の権力者の力の大きさも計り知れないですね。
    また、橿原は博物館は入ったのですが、神宮へはお参りできませんでした!
    また寄らせてください

  4. コスモス より:

    まるちゃん、こんにちは~!
     
    石室がむきだしになってるのは、曽我氏の悪行を懲罰するためにお墓が暴かれたといわれてます。
    殺風景なのはそのためです。
    昔は畑の中に自然にあったように思いますが、今では周りが生垣で囲まれ、立派な道路もついて、
    おみやげ物屋さんや、食堂、観光バスを止めるための駐車場ができてます。
     
    私の家庭、れんげ畑のように華やいで、暖かくありたいと願っていましたが、いつもいつもそうはいきませんでしたよ。
    実際は泣いたり、怒ったり、悩んだりしながら子どもを大きくしました。
    ただ今となって思い出されるのは、楽しかったこと、うれしかったことです。
    以前住んでた町を二人で歩いてみて、「ああだったよね、こうだったよね」と懐かしく思い出しました。
     
     
     
     

  5. konnko より:

    コスモスさん、こんばんは。
    蘇我馬子は、中大兄皇子に成敗されたんですよね。
    ほんとに無機質な感じですが、死後もこんな風にされてしまうなんて哀れですね。
    それにしても、コスモスさん、いいところにお住まいです。

  6. コスモス より:

    jazzyさん、こんばんは~!
     
    明日香っていい響きですよね。
    結婚した頃、二人でよく明日香を歩いてましたので、女の子が産まれたら「明日香」という名前にしようと思ってました。
    男の子ばかりだったので、こお夢はかないませんでしたが・・
     
    議会制民主主義ですか、歴史を知ると、史跡を見ても興味深いですね。
    奈良に住んでるのに、私は歴史を知らなさすぎです。
     
    以前、山の帰りに糸魚川で時間待ちをした時、駅に翡翠に関するパンフレットがあったのを思い出しました。
    奈良時代に採取されなくなった、歴史上の転換期だった原因はわかってないんですか?
     

  7. コスモス より:

    KEN16さん、こんばんは~!
     
    明日香に来られたんですね~。
    ここは、桜や菜の花、れんげの花がよく似合う、のどかなところで、史跡がいっぱいつまった所です。
    一日では周りきれませんので、観光バスやレンタサイクルで行く人が多いですが、私は近いのでいつも歩きます。
    今回歩いたのは半分ほどですが、それでも2万7千歩 歩きました。 正直クタクタでした。
     

  8. コスモス より:

    konnkoさん、こんばんは~!
     
    そうなんですよね~、奈良は歴史の宝庫です。
    せっかく奈良に住んでるのですから、もっと、もっと歴史をしらなきゃね。
    明日香はお弁当持って歩くのに、最高のハイキングコースです。
     
     

  9. jazzy より:

    vこんばわv。
    大化の改新はまさに「血の行政改革」ですよね。
    蘇我氏は歴史上、隋、唐、高句麗、新羅と友好関係を構築してました。
    聖徳太子も蘇我系皇族ですね。
    その太子の意志を継いだのが大化の改新なんですが・・・、
    中大兄皇子と中臣鎌足が意志を継いだことになります。
    しっくりこないでしょう?
    日本の歴史は古事記、日本書紀を正史としてるきらいがありますが単にあれは読み物として見た方が良いということみたいです。
    ここら辺でこの記紀を改ざんしてるきらいがありますね。
    暗に中大兄皇子(天智天皇)は大王(おおきみ・・・天皇)を中心とした中央集権国家を作りたかったように感じます。
    その後中臣氏(藤原)は代々平安の時代へと権力の頂点を極めることになります。
    奈良では藤原氏ゆかりの神社仏閣はあまりありません。
    春日大社や興福寺はそうですが、それ以外でしたら談山神社、百済寺、大原大神宮くらいでしょうか?
    けっこうみんな人気が少ないでしょ?
    平安時代より前の日本史は闇の中って感じです。
    それだけ空想ができておもしろいのですけど。
    蘇我氏が古代に権力を持ったら今の時代とても変わっていたかもしれませんね。
     
    糸魚川も行かれたのですね。
    フォッサマグナミュージアムとか行かれましたか?
    地球はまさに大きな鼓動をしているってかんじがします。
    詳しいことは私もわかりませんが地震の起きるような大断層地帯でしか採取されないようです。
    ミャンマーは産地として有名みたいですね。
    縄文人にとって翡翠は装飾品であり自分が死んだとき未来永劫残る物として重要であったようです。
    仏教が入ってきて従来の宗教観が変わったことが大きな一因としてあるようです。
    それだけではない古代人のいろいろな意識とかもあったようです。
    日本全国の遺跡から出土している翡翠はすべて糸魚川(姫川)周辺の石だそうです。
    驚きです。
    糸魚川周辺の翡翠に特別な何かがあったのでしょうね。
    古代日本人の色の美意識に透明感のある物より半透明あるいは亜透明で若葉のような緑が美しいように感じてたようです。
    現在の青、緑系は翠だったみたいです。
    翡翠はカワセミとも読みますね。
    翡は緋色(赤)で翠は青をさします。
     
    橿原神宮周辺は昔、翡翠の加工をする(勾玉や管玉など)を加工する蘇我系の職人さんが多くいたそうですよ。
     
              長文になってすみません。
     
     

  10. のら より:

    こんにちは コスモスさん。
     
    ごぶさたいたしました。ご心配をおかけし申し訳ありません。
    やっとなんとか回復できたようで出歩けるようになりました。
     
    77トンの巨石の下にもぐると首筋がもぞもぞする思いがしますね。
    たしかに、明日香を歩いて回ると数日かかるでしょうね。
    飛鳥寺の大仏が好きです。写真撮影ご自由に・・って書かれてあるのも明日香らしい伸びやかな感じがします。
    亀石もなんでもない民家のところにあって、これって歴史的建造物?って不意打ちをくらいそうですね。
    ただ甘樫丘から東に見下ろす民家の眺めが昔に比べるとかなり変わってしまったのが残念です。
    土地の人にもやはり現代の暮らし向きが必要なので仕方がないのですね。

  11. KEN16 より:

    こんばんは コスモスさん
    昨日の新聞で世界遺産に富士山をはじめ、飛鳥・藤原の宮都が登録暫定リストに上ってましたね。
    そちらは。これから賑やかくなるることでしょうね。
    こちらから出ていた三朝町の山岳信仰の「三徳山は、暫定リストから洩れたようです!
    継続審査になってしまったようで、地元は残念がっているようですが、一定の評価がされて、価値は高いとのことです。
    今後に望みを繋いだようです。
    そちらのことは、まだ知らないことが多いいので、また立ち寄らせてください

  12. コスモス より:

    jazzyさん、ありがちうございます。
    とっても興味深く読ませていただきました。
    何だかまた一つ道が開けたような気がして、ネットで「大化の改新」をあけてみました。
    学校で歴史の時間に習ったはずなのに、とっても新鮮で、関連の記事までいっぱい読みました。
    jazzyさんに、完全に感化されてしまったみたいです。
    私って、素直なんですね~(笑)
    明日香の写真集もほしくなりましたよ。
     
    糸魚川は、雨飾山に登った帰りに、電車の乗り継ぎがわるくて時間待をしただけなので、
    駅のまわりを少し歩いただけです。

  13. コスモス より:

    のらさん、よくなられたのですね~、良かった!
    体調が完全に戻るまでは、無理をなさらないようにね。
    明日香は、おにぎりを持って軽~い気持ちで楽しく歩ける所なのに、中に詰まってる歴史はとっても重いです。
    橘寺の二面石や猿石、亀石などの石造物を撮ってきましたので、またの機会にアップしようと思ってます。
    昔の自然さが失われるのは淋しいですが、時代が流れてるのですから、いたしかたないですね。
     

  14. コスモス より:

    KEN16さん、こんばんは~。
    ニュース、見ました。世界遺産になったらうれしいですが、もしそうなったら騒がしくなるんでしょうね~。
    何だか、そーとしておいて欲しいような気もします。
    三徳山は残念でしたね~、あの「投入堂」はすごいです。あんな所にあって、落ちてこないのが不思議です。

  15. yukiko より:

    こんばんは、ご無沙汰しました
    寒い冬でも元気で歩かれていますね、逆かな?
    歩いているので元気でいられるのですね
    柵も無く中に入ってもいいなんて歴史を身近に感じられますね
    このようなおおらかなところで新婚時代を過ごして子育てをされたのが羨ましいです

  16. コスモス より:

    yukikoさん、こんばんは~!
    去年の今頃は、山歩きに行くと吹雪になったりして、山道でかさをさして、立ったままおにぎりを食べてました。
    それを思うと、今年はとっても楽です。
    奈良も田舎ですが、橿原市や明日香はもっとのんびりした町です。
    子どもたちは、どろんこになって、のびのび遊んでました。

  17. meiya より:

    今日は!早速リンク許可してくださってどうも有難うございます。
    私もぼつぼつしか更新できませんが、これからもよろしくお願いしますね~。
     
    明日香!一度だけ行ったことあるんでよ。それこそもう、
    何年になるかしら?その時は時間がなくて急ぎ足だったので
    何時かもう一度、のんびり訪れてみたいなぁ・・・って思ってます。
    以前、歴史小説が好きでよく読んでいたのですが、蘇我氏の頃の時代って
    とても興味ありましたね。

  18. コスモス より:

    meiyaさん、こんばんは!
    こちらこそ、よろしくお願いします。
    名所旧跡は、急ぎ足でまわることが多いですね。
    もう一度来てゆっくりまわろうと思っても、なかなか来られないのも名所旧跡です。
    その点、地元にいると何度でもゆっくり見てまわれていいですね、地元の特権です。

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